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江戸しぐさ 『逆らいしぐさ』 『戸閉め言葉』

江戸は一種の共同体だったから、何事にも素直に先輩の言葉を聞くことが善しとされた。

年長者に敬意を払うのも江戸では当たり前のことで、

言われたことは、まず間違いのないこととして従うのが普通だった。

ところが、その先輩の言葉を聞かず、何もしないうちから

「しかし」「でも」「だって」 などと言い訳がましいことを言ったり、文句を言うことは

「逆らいしぐさ」 として嫌われた。

先輩達は、自分の経験を踏まえてアドバイスしてくれるわけだから、

まずはその通りにやってみることが大事で、それによって自らの経験を積めばいいのである。


同様に 「しかし」「でも」「だって」という言葉は、

相手を受け入れない 「戸閉め言葉」 として嫌われ、会話では使わないようにした。

江戸では、謙虚で素直な態度が求められたのである。


江戸幕府は、幕藩体制の基礎となる思想として『儒教』を採用した。

儒教は、中国において孔子が大成した思想である。

仁義の道を実践し、徳のある者が天下を治めるという儒教の教えをベースに

江戸幕府は、安定した治世を築こうとしたのだ。


儒教はさまざまな会派に分かれていったが、江戸幕府はとくに朱子学を学問の中心と位置付け、

いかに朱子学を理解しているかが立身出世の重要なカギとなった。

儒学者であり、政治家だった新井白石は、五代将軍綱吉の悪政を儒教的精神によって正そうとし、

悪名高い「生類憐みの令」を廃止した。

また、悪貨の元禄金銀を回収し、良質の正徳金銀を鋳造してインフレの沈静化に努めたり、

賄賂や汚職の噂のある役人を追放するなど、清い政治を行なおうとした。

儒教思想は、政治の要となり、幕府や学校では孔子を祀る廟が建てられた。

湯島聖堂が有名である。


やがて儒教は、庶民の間にも広がり、「仁」「義」「礼」「智」「信」という五常の徳によって

親子、夫婦、友人らとの関係を築いていった。

こうした徳を重んじた江戸では、年長者の言葉を素直に聞くことを大事に考えていた。



昨今、親子の間でも礼儀が軽んじられ、

ましてや赤の他人が相手では、相手が困ろうが傷付こうがお構いなしといった風潮が目に付く。

友だち関係でもいじめや裏切りが平然と行われる。

自分のミスは嘘で取り繕おうとするから、小さな傷口が後々取り返しの付かない大問題となってしまう。

それで自らの立場が悪くなりそうになれば

平気で命まで奪ってしまう人間が増えてしまった世の中になっている。


「しかし」「でも」「だって」という言葉は、仕事上でもつい使ってしまう言葉だが、

これが横行してしまっては組織は成り立たず、仕事は前へ進まない。

まずはやってみる。

やってみて問題があれば、どこに問題があるのかを突き止め、改善方法を探る。

年長者、先輩は伊達にキャリアを積んできた訳ではないのだ。

(中には、明らかなダメ先輩もいるだろうが)


「仁」「義」「礼」「智」「信」という言葉の持つ意味を

幼いうちにしっかりと教え込むことが大事である。

まずは家庭で教え、躾け、さらに学校でも教育していかなければ、

学問は優秀でも人間性に欠陥のある人間を作ってしまうだけだ。