世辞というと、現代のお世辞と同じものと誤解されそうだが、まったく違うものだ。
お世辞は、心にもないことを上辺だけ褒めたり、お追従することをさすが、
江戸時代の世辞とは、きちんとした挨拶の後に続ける辞令、言葉をさしている。
世辞は、形式的ではあるが、十代になれば誰でも口にする、
いわば大人の言葉であった。
例えば、道で知り合いに会えば、
「こんにちは」だけでなく、その後に
「今日はいい日和ですね」
「暖かくなりましたね」
「いつもお元気そうで」
「暖かくなりましたね」
「いつもお元気そうで」
などを付け加える。
これが世辞である。
つまり、一人前の大人が交わす世間話の導入部のようなもので、
当時はこれができて当たり前であり、
世辞を言えない者は大人として認められなかったのである。
言葉は人間関係の潤滑剤だから、
まず初めに相手のご機嫌を伺う言葉を並べるというのが、
へりくだった江戸人の態度だったのである。
江戸では、子供の頃より、世辞の言い方を躾けられたという。
読み書きができ、川柳も詠む、教養の高い江戸っ子にとっては、
ポンポンとテンポ良く話すために言葉遊びを挟んでいくのも得意だった。
流行ったのが「地口(じぐち)」。
ことわざや慣用句、芝居の決め台詞などをもじり、
音だけ似せた、まったく別の意味の言葉だ。
※ 舌切り雀
⇒着たきり娘
⇒着たきり娘
※ 桃から生まれた桃太郎
⇒元値で売られた桃だろう
⇒元値で売られた桃だろう
※ いづこも同じ 秋の夕暮れ
⇒水汲む親父 秋の夕暮れ
⇒水汲む親父 秋の夕暮れ
※ しず心なく花の散るらむ
⇒しず心なく髪の散るらむ
⇒しず心なく髪の散るらむ
※ お前百まで わしゃ九十九まで
⇒お前掃くまで わしゃ屑熊手
⇒お前掃くまで わしゃ屑熊手
※ 勝って兜の緒を締めよ
⇒買ったかぼちゃの大きなの
⇒買ったかぼちゃの大きなの
ほかに言葉遊びとして、回文(かいぶん)もあった。
上から読んでも、下から読んでも同じ文になっているというものだ。
ルールとしては、濁音、半濁音、促音、拗音は清音と同じとして考える。
次の文例では、「永き」を「なかき」としても同じとしている。
※ 永き世の遠の眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな
初夢で良い夢が見たいと願った江戸の人たちは、
枕もとに七福神の宝船と上記の回文が書かれた紙を置いて眠ったという。
世辞はもちろん、江戸っ子は言葉に敏感だった。
『躾け』という点では、
現代よりも江戸時代のほうがきちんと成されていたように思う。
きちんと躾けられた人が大人になり、また子供たちを躾ける。
それが人と人との結びつきを強くし、共存社会を作る原点になっていた
のではないだろうか。